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背広が広まっていった大正ロマン


大正ロマンが花咲いた頃…

背広は男の通常着の一つとなり、お洒落を楽しむ人も出てくるようになる。この時代は非常にゆったりとしたシルエットが好まれた。女性はと言うと、まだまだ和服で、洋装化が進んでいたのは男性の方だったようである。

やがて戦争への雰囲気を払拭できない昭和の初め、背広は会社勤めの中級階級のアイコンになっていく。
その後、第二次世界大戦という、お洒落とは無縁の時代が過ぎ、1945年、経済復興と共に人々の生活に活気を取り戻す。
同時にこの時代、政治に多大な影響を与えた、吉田茂氏や白洲次郎氏などのスーツの着こなしが影響を及ぼす。

戦争は、紳士服にも多大な影響を及ぼす。
この頃、カーキ色など色彩面で、紳士服全般に軍服調のデザインが広がる。

それと同時に、アメリカはニューヨーク、マンハッタンのマジソン街の広告にアイビールックが目立ち始める。1948年の事である。

その後、50年代に入り、「ミスター・T・ルック」が流行し始める。
ちなみに、日本では、「スリー・T・ルック」と呼ばれ、三つのTとは…
「Tall(高い)」
「Thin(細い) 」
「Trim(小綺麗)」
の頭文字のことを指していたようである。

そして、1953年に、アイビールックが脚光を浴びるようになる。

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